母と過ごした19日

2012年10月19日 母は寝室で首を吊りました。脳死から心肺停止までの看取り期間。機能不全家族の果てのうつ、ママと自死遺族の苦しみを綴っていきたいです。

11日目

この日は自宅で良く眠りました。


自宅の用事を済ませ、
母が「死んだらドレスを着たい」と言っていたのを思い出し
自宅にあったドレスを病院に持って行きました。
(母は洋裁が得意で何でも作り、色々な洋服を集めるのも好きでした)


家族会議の後、看護師さんにシャンプーをして頂く。


アロマオイルでマッサージしても良いとご許可を頂いたのですが
何で元気な時にしてあげられなかったんだろう……と後悔しきり……


主治医の先生からは毎日「変わりないですね」のお言葉。


呼吸の管、交換が必要、
気管切開の相談をして下さい、とのこと。


迷ったのですが、
「生きていて欲しい」の想いは家族全員一緒。


例えエゴでも、交換して頂く選択をしました。


父と妹に母を任せ、夕方仕事。


一時は32度まで下がった体温も、36度に回復。


家族全員が、意識のない母の周りに集っていました。
こんな時にまで、皆が母に依存していました。


「可能性があるのなら、どんな処置でもしたい」


当時の父の言葉です。


その想い、母に聞かせたかった。


生きて、元気でいる時に、
「大好き」と「大切」を伝えてあげれば良かった。


生きているだけで迷惑だと、母がそんな風に考えなくて済むように……