母と過ごした19日

2012年10月19日 母は寝室で首を吊りました。脳死から心肺停止までの看取り期間。機能不全家族の果てのうつ、ママと自死遺族の苦しみを綴っていきたいです。

15日目~二度目の峠

11/2(金)


母が倒れてから二週間、
二度目の峠も朝でした。


父から「先生から今夜が峠と言われた」と。
その報せに、取るものも取らず病院へと向かいました。


先生の診察によると


・血圧は安定している
・酸素、肺、心拍数の低下
・脳がダメージを受けている
・明日まで保つかどうか……


とのことでした。


頭では理解出来ていたつもりでも、
何処かで「このまま助かるのでは」と思っていました。


瞬き一つ、
指一本動かせなくても、
母はこのまま生きてくれる……と。


とても烏滸がましいのですが
母も「生きようとしている」と思っていました。


倒れた当日の峠を乗り越え、
気管切開、容体安定と、
家族と「生きよう」としてくれているように見えたのです。


私達がそう思いたいだけかもしれない。


或いは、母の生命力が強かったのかも。


15時
昨日、帰京したばかりの妹が
危篤の報せにトンボ帰りしてきました。


不思議なことで
足をマッサージしたりしている内に
母の容体が落ち着いてきたのです。


「私が帰ったもんだから、拗ねて困らせたいんだね」


やっぱり明るく笑った妹の笑顔、逞しさに
どれほど救われたことでしょう。


妹は看護師のスキルを余すことなく発揮して
何よりの親孝行をしたのです。